三田地さんの掲示板

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日本列島の地名が先土器時代~古墳時代に名付けられたと予想しているわけですが、歴史を振り返るとこれが大きく変化した時代が何度かありました。まず、縄文時代から弥生時代、すなわち狩猟採集から農耕文化への移行期です。
(2023/01/29 19:30:17:三浦屋)

山のものであるウルシ、トチ、クリ、クルミ、ヒエや魚介類のサザエ、ハマグリ、マグロ、カツオ、タイ、イワシなどの名称を使った地名が現存しており、これらを含めて命名年代を分析すると和語の名詞の大部分が縄文時代までたどれるとのことです。驚ろくべきことです。考古学や言語学の世界では研究材料である地名の事を『生きた化石』といっております。
(2023/01/15 20:19:02:三浦屋)

縄文時代早期~中期(約9000~4000年前)に、食物として利用された動植物は500種類以上と推定されています。また、衣食住をはじめ生活一般に使われた名詞は1000種類を軽くこえるそうです。自然現象や事物、動植物を区別するには『言語』というものが絶対不可欠になります。いま使われている普通名詞が、縄文時代まで 遡れないことはないと著書では言っております。
(2023/01/07 22:15:18:三浦屋)

国立科学博物館の篠田副館長はこうも語っております。現代人の生き方や社会のあり様というのは農耕の始まりが起点であり、特に日本の場合、弥生時代から古墳時代にかけての道筋、風習や伝統が今の日本人・日本国 に反映されていると考えられると主張しています。
(2023/01/02 14:49:49:三浦屋)

三内丸山は縄文時代の遺跡なわけですが、このような巨大な集落はむしろ少ないパターンと思われます。陸路海路を利用して運ばれる物資等の交易センターをも兼ね備えた中心的巨大集落だったことがわかっています。また、弥生人の渡来前から縄文人は朝鮮半島と交流していた形跡があります。この現象は、波状的な人の出入りと言うより何百年という長い時間軸で考えた方がよさそうです。
(2023/01/02 14:19:05:三浦屋)

専門家は、物見櫓や大型住居跡(集会施設)の建設に数十~数百人の人手を要することは、当時これを統率した首長(村長)の存在を暗示しており、ある程度の身分制度があったと想定しています。また、周辺の森林は自然植生を人為的に改良して 利用価値の高い二次林に変え栽培農耕が行われた形跡があります。
(2022/12/30 21:35:31:三浦屋)

こういった様子は三内丸山遺跡(縄文前期~中期)の遺構と遺物に残されています。一般の居住地域、集会施設、物見櫓、倉庫群、祭礼地、墓地を計画的に配置した巨大集落だったことが発掘の結果わかっており、約5,500年前~4,000年前に都市機能を備えた村が実際に存在したことが史実だったわけです。
(2022/12/29 14:40:56:三浦屋)

この事は、狩猟採集の縄文時代にも同じ状況が想定されて、さまざまな動植物を計画的に捕獲.採集するために『動植物名、ものの名前 』と共に、採集する地点に『地名』が付けられていたのは確実といえましょう。
(2022/12/25 17:40:26:三浦屋)

たとえば、『魏志』倭人伝に記された伊都国、奴国、邪馬臺国や主要国の概略戸数の記録、女王国における『租税を収む』の記述が公共機関の存在を裏付けていると云われています。国名が記されたことは当時地名があった史実を物語っています。また、戸数の記録と租税の徴収もまた国名以外の地名と、人名がつけられていた様子を暗示させます。
(2022/12/25 14:03:57:三浦屋)

一時期に500人が生活した村という共同社会を続けるためには、意思や情報の伝達と規律が必須であるため、具体的な遺物には残されていない『縄文時代の言語活動』が注目されています。
(2022/12/18 11:11:56:三浦屋)

約5500~4000年前の縄文遺跡である三内丸山の遺構と出土品は平成4年に公開され、それまでの縄文時代への概念を一変させて脚光をあびました。この遺跡の発掘成果は規模の大きさだけでなく陸路海路を利用した物資の交易状況や、近世の農村と大差ない生活様式から『言語』の存在を急浮上させました。
(2022/12/18 10:15:54:三浦屋)

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